体調、漸く回復し、溜めに溜めた言葉を一気に顕在化しつつ、猛然と書き始めた息抜きとしては、冬季五輪はなかなかの賜。わたしは元来、ウインター・スポーツは観るのもやるのも得意ではない。なんせ寒いから!というのがその単純きわまりない事由だが、例外的に、四年前のサード・林、スキップ・小野寺にはまって以来のカーリングは進んで観るし、対照的ながら、スノボーのハーフ・パイプの、あの短時間クイクイややこしく飛び回る躍動感も好きで、現在の息抜き時間に、ちょうどこの二種目があるので、幸便。で、前者についてはいずれ記すとして、後者の國保選手。彼のツイストの美しさにはかねて魅了されていたので今回も注目していたが、服装の乱れやら言葉の悪さやらで、あれこれ云われたせいでもなかろうが、最後のあのヤヤコシイ技を決められなかったのは惜しかった。順位はともあれ、あれを決めていたら、わたしの好きなツイストもグット引き立ったろうにと残念だったのだが、それに付けても、この国のスポーツ・マスコミの低劣さにはゲンナリする。何も知らぬスポーツ記者どもが、とかく「ケッ、うるせえ」のは厳然たる事実だし、それに、そもそもあれは、ヤンキーらの自己顕示欲を、半円筒形の氷が強く肯定するゲームである。いまさら、お行儀云々なぞ笑止の沙汰なのだ。バッシングへのバランスでも考えたか、今日の「朝日」紙面には、彼がじつは友人想いの優しい人間であることが記されていたが、友人のために骨髄移植のキャンペーンを張ったというあれだって、いかにもヤンキーらしい振る舞いではないか。マブダチや恋人のためには(あるいは、彼らのためにのみ)、結構なことをしのけてみせるのも、ヤンキー気質である。その気質を云々したい訳ではない。その友人の言葉をのせて「報道の中立」とやらを演出した気でいる新聞の、スポーツのスの字とも無縁な感性を難じているのだ。たとえば、もっとヤヤコシイ大技を涼しい顔で披露したショーン・ホワイトが、競技以外の場所で、國保以上の悪さをしようが、わたしの瞳にとって、そんなことどうでもよいのだった! ともあれ、今回の不成績をネタに、スポーツそのものとは徹底して無縁でありつづけているこの国のジャーナリズムが、彼を今後どう扱うか、ちょっと見物ではある。國保にしても、バカ記者がまだ四の五のぬかすようであれば、じゃウザイから、もっ、オリンピックなんか出ててやらねえ、「ケッ、日の丸なんてよお」などと嘯きつつ、Xゲームでホワイトを凌ぐ日に備える方が筋かもしれないのだ。東海大学は、まあ、困るだろうが……