見た目にこだわる和菓子
反省…
二日目 2月12日 6時半起床、7時に朝食を取りました。食堂は建物が違っていて、外に出なければなりません。朝日に照らされた新雪が美しかったです。朝食のメニューはハム、パン、チーズ、シリアルなどで、バイキング形式で好きなものを取れます。シンプルでしたが、どれも美味しいものばかりでした。また朝食の準備をして下さった職員の方は二人で、簡単なフランス語で挨拶すると笑顔で返して下さいます。ここでのお二人とのささやかな挨拶も朝食時の楽しみでした。 8時、バスに乗り込みます。この日はドイツのハイデルベルグへ向かいます。移動時間は3~4時間ということで、いきなりの長旅です。僕はずっと窓の外を眺めて過ごしました。高速道路を通っていったのですが、景色は延々と林が続く単調なものでした。途中、国境近くでライン川を通り過ぎた少しあとに、ライン川の小さな支流が目に留まりました。葉を枯らした枝の間を、雲を映した灰色の水が通っているその小川は、何故か強く印象に残っています。途中渋滞にも遭遇してしまい、結局4時間かかってハイデルベルグに到着しました。 ハイデルベルグの街中を抜け、川のほとりでバスは停車しました。隣を流れる大きな川は、彼岸にある家々の屋根の鮮やかな色を映していて、とても美しかったです。ここから先は、徒歩でハイデルベルグ大学に向かいます。道路には石が敷き詰められていたのですが、菅沢先生に拠れば、その石は薄いタイルではなく50センチ程度の長い石柱で、道の奥底まで埋まったものを密集させて道にしているらしく、極めて頑丈な作りになっています。ハイデルベルグ大学では、大学で日本学を専攻している学生と一緒に昼食を取りました。食堂構内にはドイツ人がひしめいているのだろうと予想していたのですが、意外と様々な人種の学生がいて、ハイデルベルグ大学の国際性を感じました。一緒に昼食を取った学生に、ここの学生は何がきっかけで日本学を学ぶの?と聞いてみると、アニメ等がきっかけの人、音楽がきっかけの人、日本文学がきっかけの人と、大体三つの理由があるということ。ちなみにその学生は日本文学がきっかけで日本学を専攻していると聞いて、僕もベルクソンが読みたくてフランス語を勉強したり、カントが読みたくてドイツ語を勉強したりしているので、意外と哲学科とも似たところがあるな、と感じました。 ハイデルベルグ大学を出て、かつてのハイデルベルグ大学の学生牢を見学しました。以前は、大学には大学固有の刑法があり、学則を破ったものがこの学生牢で監禁されていたらしく、それは私生活をコントロールされるようなレベルではなくて、完全に自由を拘束する懲悪としての罰であったようです。学生牢の中は薄暗く、様々な落書きで埋め尽くされていました。部屋には鉄格子が備え付けてあり、無関心に取り囲んだ四方の壁はまさに「牢」そのものでした。また、凄まじい数の落書きには何か強い主張を感じさせるようなメッセージや、国旗をモチーフにした精巧な模様や、政治を風刺した絵もあり、閉じ込められていても溢れ出す精神は今も生き続けているようです。 学生牢を出てから、今度はハイデルベルグ城にある薬事博物館へ向かいます。ハイデルベルグの街を歩いていると、時折ルネッサンス期に流行したグロテスク装飾をみることが出来ます。グロテスク装飾というのは、生物と幾何学模様が連続的に繋がった装飾の様式で、現在日本語でいう「グロテスク」の語源となったものです。日本で写真を幾つもみたことはありましたが、本物を見たのは初めてで、しかもここで見れるとは思ってもいなかったのでびっくりしてしまいました。グロテスク装飾は不気味でありながらも、生物学的に記述しきれない生命の自由な躍動を表現した装飾で、当時は観る者の目を楽しませる戯画のようなものだったそうですが、本物を前にするとその異様さに目が釘付けになってしまいます。写真で見るのと、本物に触れることは、予想以上にかけ離れていて、見下ろしてくる彫刻の目は戦慄を感じさせるほど僕に深く触れてきました。 薬事博物館へは階段を上ることになるのですが、この長さが半端じゃありません。ハイデルベルグ大学の学生曰くいくら食事しても太らないこの階段は、一段一段が大きい上に傾斜角度も急で、上に到達する頃には息が上ってしまいました。薬事博物館では日本人のガイドの方が詳細に解説をしてくださいました。ここでは薬学の成立史や、中世の薬学、「象徴の薬学」など、思想にまつわる話を聴く事が出来ました。中世の薬学は、自然科学的な因果関係に拠るのではなく、この世界のあらゆるものが何らかの意味で薬であるという世界観から「象徴の薬学」という発想が生まれました。そこには人間の身体を取り巻く物理的な環境が、人間とは異なりながらも互いに調和しているというコスモロジーのような世界観も感じられます。このことは現代の薬学が人間の身体を自然科学的にモノへと還元しようと努めているのと極めて対照的で、ここには単に薬学だけには収まらない哲学的な世界観の位相が見え隠れしているように感じられました。実際に薬としての「人の油」のようなものを見てしまうと、世界観の移り変わりはより鮮明に実感せざるを得ませんでした。 薬事博物館を出て、世界一大きいと言われる酒樽を見学しました。部屋の入り口に大きな樽があり、ああこれかぁ、と思っていたら、その樽の100倍はありそうなとてつもなく巨大な樽があり、皆仰天を隠しきれかったと思います。50人くらい上にのっても大丈夫そうなその樽をどうやってこの部屋に入れたのか、あるいはどうやってこの中にワインを注いだのか(満杯になるまで入れたら数十トンはいれなくちゃならない)、しばし議論になってしまいました。 ハイデルベルグ城をあとにし、安孫子先生のご友人のステファーソン先生と喫茶店でお話しました。ハイデルベルグ大学教授のステファーソン先生は分子生物学研究所で生命科学をご専門にされている方で、生命に関する興味深いお話をして下さいました。質問をする時間があったので、医療技術のエンハンスメント問題や、人工知性の問題などを質問しましたが、所謂バイオエシックスの定石的な回答ではなく、学際的な立場からのステファーソン先生の意見を聞かせていただけました。喫茶店の後はバスへ戻り、夕食を食べてその日のスケジュールは全て終わりだったのですが、喫茶店からバスまでの道のりで友人から「生物は物体で作られているのだから、物体も触発されていないだけで意識のようなものをもつのではないか?」と突然問いかけられました。何でそんなこと聞くんだ?と問い返すと、ステファーソンさんのお話を聴いてから彼女はずっとそのことを考えていたそうです。僕は先生のお話をまっすぐバイオエシックスの問題として捉えてしまったのですが、彼女はもっと哲学的に捉えていた様で、同じ話を聴いてもここまで異なった問題領野に繋がっていくんだなぁと感じ、同時にステファーソン先生の問題領野の広範さを改めて実感しました。 レストランへ向かう帰りのバスの中では、ステファーソン先生の話がぐるぐる回るのを感じながら、特に人と話すわけでもなく、タイヤが鳴らす音を聞いていました。帰りは渋滞が無かったので三時間ほどでレストランに到着し、往路と同じように単調に続く風景は回想に耽るのに絶好であったと思います。 夕食のレストランはイタリアンテイストの小振りの店で、豪華絢爛な高級感はないものの、店内のアンティークな雰囲気と陽気な店員の笑顔が柔らかに満たされていて魅力的でした。今回の研修中に出た料理の中で、ボリュームに関してはこの店が文句なくナンバー1だったと思います。メインディッシュの野菜を詰めた巨大チキンと、さらにそのチキンの周りをぐるりと取り囲む鬱蒼としたフライドポテト(樹海ポテトと名づけられていました)には、色んな意味で開いた口が塞がりませんでした。菅沢先生は菜食主義ということで別にパスタを注文されたので、余ったチキンは僕が頂戴したのですが、大きさのわりにサッパリとしていて美味しかったです。しかし、樹海ポテトには流石に手を出すことが出来ませんでした。外では相変わらず雪が降っていて、暖かい部屋での歓談とコントラストになり、そこではいつもに増して綺麗に見えたのを覚えています。 CEEJAに到着すると、トランクケースがド・ゴール空港から届いていました。研修用に新調した寝巻きやいつもの洗面用具と対面し、古い戦友と対面したかのように感慨に浸ってしまいました。このトランクが届いたことで、皆と僕の間にある全ての特殊事情は解消したことになります。